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いろいろな価値観

世の中には様々な価値観が存在する。同性婚を希望する人やスカトロ趣味(糞便食愛好)の人など、まさに様々だ。

私からすれば到底理解できない世界だが、しかし、他人に迷惑を掛けなければ自分の人生や自分の肉体をどうしようと個人の自由だと思っている。(自由意志の尊重)

但し、高い社会的地位を得ながらも平気で毒を売りつけて高い所得を得続けている医師という職業は如何なものかと思っている。嘗ての同級生たちが沢山入る世界だが、悪いものは悪いと糾弾せねばならないだろう。

さて、話は変わるが、養生のコツは、常日頃から無理をせず、健康維持にとっての良い習慣を身に付けるというものだが、現代社会では人それぞれの事情があって、なかなかそう簡単ではないかも知れない。
それで、健常者ならば、多少の甘えや油断も許されるかも知れないが、しかし、こと病人は少し身構えて考えるべきかも知れない。

それが難病や、或いは死に至る、半身麻痺、失明に至るなど、重篤な危機を有する場合だと尚更強くそう思うべきだろう。

さて、ではそのような場合にはどうすべきなのか。
以下は健常者にとっての『養生訓』ではなく、病人にとっての『養生訓』といっていい。

簡単に言えば、病気が癒える(完治する)まで全力で病気の原因を廃し、良い習慣を身に付ける努力をすべきだ。
完治すれば、耐性も出来るし、病気以前よりもより健常な身体に戻る可能性もある。
よって、再び、多少の油断(健康に悪い生活)も許されるようになるかも知れない(笑)

まぁ、兎にも角にも執行猶予期間中は大人しくするに限ると思っておけばいいだろう。
死が避けられない状況や、失明に至った後に後悔しても始まらないわけだから、兎も角、まずは一刻も早く「どこも異常なし」の健常状態に戻ることが最優先だ。

しかし、人生いろいろ、世の中には様々な価値観の人がいる。仮に失明するリスクが高くなろうが、目先の楽しみは止められないという人は多い。こういう方々が実際に失明したときに、「十分楽しんだ代償だから仕方ない」と諦めきれるのならば、それはそれで大したものだが、多くの場合は、おそらく「あの時に辞めておけばよかった」と、後悔するのだろう。

しかし、「後悔先に立たず」である。

もし「タイムマシーンがあって、時を遡れるならば」と思うのならば、実は擬似的にはそれは可能だ。
それはこうだ。

つづく

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最終更新日:2015-06-17 21:27

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