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いろいろな価値観 その2

まず、臨場感を高め、強いイメージで未来に飛ぶ。そこで(自分の持病の行く末と照らし合わせて)悲惨に死ぬ。或いは失明してみる。そのときどう感じるか?
後悔している自分が存在するならば、タイムマシーンに乗ってまだ症状が深刻でなかったころの過去に戻ればいい。
タイムマシーンに乗れば、それは可能だ。

そして、その過去こそが「今でしょ!」(笑)

本当の恐怖を理解できた今度こそは正しく養生が出来るはずだ。

尤も、こんな与太話で大切な楽しみを奪われては堪らないと思う人は、その人の自由なので、このような考え方を強要するつもりは毛頭ない。
そもそもそのような人たちとは基本的な価値観が違うのだから。

ただ、現在闘病中の病人たちが注意しておかなければいけないことは、服薬(飲み薬、貼り薬、塗り薬、点眼薬など)
によって症状が緩和されていると、ともすると「自分は病人であり、現在闘病中なのだ」ということの意識が薄らいでしまうという事実だ。

痛い、痒い、疲れた、食欲がない、熱がある、などなどの症状はその個体に「自分は病気である(正常状態ではない)」
と自覚させ、注意を喚起することを大きな意味の一つとしている。
身体の声に従って、正常状態を取り戻すまでは活動(狩猟などの通常習慣行動)を控え、安静第一で、無駄なエネルギーを消費しないようにする。
換言すれば、完治まで生活習慣を「悪」から「良」へと可能な限り変化させるのだ。
というのは、生活習慣の中にこそ発病の原因が潜んでいるからだ。

「馬を湖の畔に連れて行くことはできても、水を飲ませることは出来ない」
昔からよく言われてきた諺ではある・・・

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最終更新日:2016-01-01 00:49

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